2006年01月23日

書道家発掘の第一歩 -書道家葛空の随筆-

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 「書道家の理想」

 本物の書道家というものは、とにかく商売っけがない。 
相手が誰であろうが、絶対に筋を曲げない。権力や財産力が大嫌いである。そして、どんな素人相手でも手は抜かない。それ故、出世が出来ない。いつでもお金に窮している。そんなのは当たり前の事なのである。誰だって本当は知っている。だから、本物を大切にする人は彼に対する援助を惜しまない。彼は感謝してがんばる。お金のある人は、たくさん援助出来る事に誇りを感じるのだ。
 よく考える事に、今、音楽、とりわけクラッシック以外の芸術に何故本物がいないのかと言うこと。もっと言えば、クラッシックに何故本物がいるのか。能力を生かせる場があるのであろう事は分かる。内情は分からないので、外側から探ってみる。まず、次々と若く素晴らしい指揮者が出てくる。此処では国内に限って見てゆく。まるで、砂漠にニョキニョキ大木がそびえているかの如くである。どこから水と栄養を得ているのだろう。おそらく一般人が入って来られないからだろう。一般聴衆は聴く方に限られていて、過剰な競争がないからなのだろう。もちろん競争はあるに違いないだろうが、純粋に芸術のそれに限定されていて、余計なものが入って来られないからに違いない。クラッシックの世界はとても、今、充実している。演奏家は、はっきり言って、ろくなのがいない。きっと、競争が指揮者と違って熾烈なのだろう。
 こう見てくると、書の世界にろくなのがいないのは、人が多過ぎる事、競争が激し過ぎて、本物を見落としていると言うこと、人が多いと、一番上に書いたような本物は居場所が無くなると言う事なのだろう。
 だから減らせばいいと、単純に言ったところで減るものでもない。一つ提案するとしたら、お金のある人が主催して、書の当事者ではない人達による投票で、能力のある人を発掘したらどうだろう、という事。どの範囲から選ぶかは、主催者の独断でいいと思います。なぜなら、そんな事は誰でも分かるから。分からないふりさえしなければいいのです。またいつか書の世界に本物がいるところを見てみたい。私も、そこに参加する資格のある書道家になりたい。

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