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2008年05月10日

一般 書道 手本1601 臨書 王羲之 孔侍中帖 おうぎし こうじちゅうじょう 原帖

一般書道手本ー1601

 

 

 


 

 

 


近頃つまらない物がすらすら出来てしまう。
まるで滑り落ちて行くようだ。
苦しくても良いから手がかりを見付けねばならない。


2008年05月01日

一般 書道 手本1516 臨書 王羲之 喪乱帖 おうぎし そうらんじょう 「羲之頓首頓首」

一般書道手本ー1516

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 



不本意の内に喪乱帖が終わってしまった。
もうしばらく王羲之の手紙を続けようと思うのだが、
芸術的に純粋なので深くに踏み込まねばならない。
雰囲気や感情ではどうにも出来ない。
まるでモーツァルトである。


2008年04月25日

一般 書道 手本1515 臨書 王羲之 喪乱帖 おうぎし そうらんじょう 「不知何言」

一般書道手本ー1515

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 



個人に属するものは悲しく美しい。
それが健全であり
それが人生の主役なのだ。


一般 書道 手本1514 臨書 王羲之 喪乱帖 おうぎし そうらんじょう 「臨紙感哽」

一般書道手本ー1514

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 



書きたいように書けばいいのである。
表現さえあれば何とかなる。
そして表現は個人に属し、
相手が何万人いようが一対一なのである。


2008年04月23日

一般 書道 手本1513 臨書 王羲之 喪乱帖 おうぎし そうらんじょう 「奈何奈何」

一般書道手本ー1513

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 



良い所だけを見せようと格好付けてばかりいると
いつかボロが出る。
それなら始めからボロ出しまくりで行くべし。


一般 書道 手本1512 臨書 王羲之 喪乱帖 おうぎし そうらんじょう 「哀毒益深」

一般書道手本ー1512

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 



本当は
何らかの形にならなくては発表するべきではないのだが
書家のドキュメントとして
自信のないまま勝ちに行く。


2008年04月18日

一般 書道 手本1511 臨書 王羲之 喪乱帖 おうぎし そうらんじょう 「未獲奔馳」

一般書道手本ー1511

 

 

 

 

 



 

 

 







微妙なものが
強いものを押しのけて
ワッと出て来る。
コントロールが効かない。


一般 書道 手本1510 臨書 王羲之 喪乱帖 おうぎし そうらんじょう 「雖即脩復」

一般書道手本ー1510

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 



今、私は危ない所を歩いている。
少しでも足の置き場が悪ければ
崖から真っ逆さまである。
慎重にゆっくり行こうと思う。


2008年04月15日

一般 書道 手本1509 臨書 王羲之 喪乱帖 おうぎし そうらんじょう 「奈何奈何」

一般書道手本ー1509

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 



決められた通りにしたり
己を捨てる事が真面目なのではない。
やった事を背負う事こそが真面目なのである。
表現とはそういうものだ。


一般 書道 手本1508 臨書 王羲之 喪乱帖 おうぎし そうらんじょう 「心肝痛當」

一般書道手本ー1508

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 



当たり前だが、
作品を作ると言う事は
人に自分をどう見せたいかと言う事である。
言葉よりも
行動よりも
それを選択した作家は
それに全てを賭ける。


2008年04月11日

一般 書道 手本1507 臨書 王羲之 喪乱帖 おうぎし そうらんじょう 「摧絶痛貫」

一般書道手本ー1507

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 



そう言えば日本の国宝などが
修復で新品の様にしないのは
理由があるからなのだろう。
どうしても間違いが発生するからなのだ。
汚れのない良い物が欲しいのならば
そのレベルの人が新たに作り出すしかない。


2008年04月10日

一般 書道 手本1506 臨書 王羲之 喪乱帖 おうぎし そうらんじょう 「酷甚號慕」

一般書道手本ー1506

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 



この法帖は
本物が書かれてからかなり時間が経って複製されたため、
虫食いや汚れ、墨が薄くなった所などを
そのまま筆の跡の様に作っている部分がある。
自分で思った線を補ったり消したりしなければ
生きた線を書くことは出来ない。


2008年04月05日

一般 書道 手本1505 臨書 王羲之 喪乱帖 おうぎし そうらんじょう 「荼毒追惟」

一般書道手本ー1505

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 



この部分は表現がないと
意味のない形で終わってしまう。


一般 書道 手本1504 臨書 王羲之 喪乱帖 おうぎし そうらんじょう 「先墓再離」

一般書道手本ー1504

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 



こんなに危機感迫る書が
法帖ではのんびりした印象になっている。
想像力が必要である。


2008年03月30日

一般 書道 手本1502 臨書 王羲之 喪乱帖 おうぎし そうらんじょう 「羲之頓首」

一般書道手本ー1502

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

ゆっくりとスピードに変化を付けずに書けば
割と簡単に書ける。
王羲之の優れているところは
存在そのものの偉さである。
決して筆の技ではない。
少なくともそっちは見ていない。


一般 書道 手本1501 臨書 王羲之 喪乱帖 おうぎし そうらんじょう 原帖

一般書道手本ー1501

 



 

 

 

 


私は思う。
王羲之の書きぶりというのは、
唐時代以降とは違い
まるで篆書や隷書を書くが如く
筆のスピードにほとんど変化がないと。


2008年03月26日

一般 書道 手本1450 臨書 伝・橘逸勢 三十帖策子 でん・たちばなのはやなり さんじゅうじょうさっし 「以烏翅羽」

一般書道手本ー1450

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 



最後にフィニッシュを飾りたかったのですが・・・
実力というのはこういうものです。
だから書に於いて嘘は通じないのです。


一般 書道 手本1449 臨書 伝・橘逸勢 三十帖策子 でん・たちばなのはやなり さんじゅうじょうさっし 「若患頭痛」

一般書道手本ー1449

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 



長い間この三十帖策子にお付き合い頂きまして
有り難う御座いました。
もっと人肌の温もりがある物にしたかったのですが、
まだまだ形に終始しているようです。
本道を歩いていれば曲がったり歪んだりしても
そんな事はどうでも良いくらいの存在が生まれる筈です。
しかし、形から本道を理解するのであるから
何故そうなったのかを理解する為に
どうしても形は必要です。
理由を理解しない形が無意味と言うことです。


2008年02月24日

一般 書道 手本1448 臨書 伝・橘逸勢 三十帖策子 でん・たちばなのはやなり さんじゅうじょうさっし 「即有男女」

一般書道手本ー1448

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 



そうでなければ此の「女」という字は書けなかった。


一般 書道 手本1447 臨書 伝・橘逸勢 三十帖策子 でん・たちばなのはやなり さんじゅうじょうさっし 「於七日中」

一般書道手本ー1447

 

 

 

 


 

 

 

 

 





今回私は橘逸勢になった。
自分の感覚で創作している様に臨書した。
法帖に合わせるのではなく
自分に法帖を合わせたということである。


2008年02月07日

一般 書道 手本1446 臨書 伝・橘逸勢 三十帖策子 でん・たちばなのはやなり さんじゅうじょうさっし 「空腹尽服」

一般書道手本ー1446

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 



故に個人個人で感じ方まで違う臨書は
千差万別であるべきである。
摸写や複製などでは決してないが、
それらだって良い物は他と同じではない。


一般 書道 手本1445 臨書 伝・橘逸勢 三十帖策子 でん・たちばなのはやなり さんじゅうじょうさっし 「常以清旦」

一般書道手本ー1445

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 



臨書といっても様々なやり方がある。
素直に受け取ったままを臨書したり、
特徴を増幅させたり。
しかし私の経験では、
素直に書いた方が自分の持っているものと良く反応し、
線の振幅が大きくなる。


2008年02月01日

一般 書道 手本1444 臨書 伝・橘逸勢 三十帖策子 でん・たちばなのはやなり さんじゅうじょうさっし 「一百八遍」

一般書道手本ー1444

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 



だから面倒臭い展覧会などに出品しないのだ。
どんな評価であろうと有り難く承るが、
つまらない審査員の出世の手助けはまっぴら御免である。
もっとも
大金が転がり込んだり、
有名になって皆にちやほやしてもらい
楽しい方に忙しくなれるのなら話は別だが・・・。
芥川龍之介の小説に出てくる杜子春が「おっかさん」
と言うまでの人生を歩もうとしている人間の
何と愚かなことか。


一般 書道 手本1443 臨書 伝・橘逸勢 三十帖策子 でん・たちばなのはやなり さんじゅうじょうさっし 「相和呪之」

一般書道手本ー1443

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 



私が書を書くのは、
人に見て貰うためだけではない。
自分を豊かにしてくれた「美」とは何か、
何が美しくしているのか、
「美」を目の当たりにした私はどうするべきなのか、
これらに答が欲しいからである。
正解も不正解もないのかもしれないが
気が済まないからそうするのである。


2008年01月29日

一般 書道 手本1442 臨書 伝・橘逸勢 三十帖策子 でん・たちばなのはやなり さんじゅうじょうさっし 「去核取皮」

一般書道手本ー1442

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 



その時に出来る事をすればいい。
何処にいたって全ては見渡せるのだから。


一般 書道 手本1441 臨書 伝・橘逸勢 三十帖策子 でん・たちばなのはやなり さんじゅうじょうさっし 「梨勒三顆」

一般書道手本ー1441

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 



下手な書き手がこれだけ崩して
これだけまとめられるだろうか。
尚かつその人となりが見える。


2008年01月05日

一般 書道 手本1440 臨書 伝・橘逸勢 三十帖策子 でん・たちばなのはやなり さんじゅうじょうさっし 「一両大呵」

一般書道手本ー1440

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

今回、私は見えている形にこだわらず
原帖の持っているボリューム感を臨書した。
少々歪んでも別の物でない限り可能であろう。


一般 書道 手本1439 臨書 伝・橘逸勢 三十帖策子 でん・たちばなのはやなり さんじゅうじょうさっし 「まつ以石蜜」

一般書道手本ー1439

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

臨書というものは、一朝一夕に変化しない。
だが、一つのレベルに達した所から
書家の実力を低下させない底力がある。
そして、もし情熱を失わないならば、
(ほんの)少しずつ知らない間に引き上げてくれる。


2007年12月11日

一般 書道 手本1438 臨書 伝・橘逸勢 三十帖策子 でん・たちばなのはやなり さんじゅうじょうさっし 「煎之檮為」

一般書道手本ー1438

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 



美しい「書」を書いて、
仮に展覧会の審査で落選しても
私は一向に落胆しない。
むしろ展覧会の内容自体を選ぶ事の方が重要である。


2007年12月10日

一般 書道 手本1437 臨書 伝・橘逸勢 三十帖策子 でん・たちばなのはやなり さんじゅうじょうさっし 「二十一遍」

一般書道手本ー1437

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 



物にガツガツ欲をかいていると、
概念と言うか一体何がしたかったのかを忘れてしまう。
それは決して具体的な事ではなかった筈である。



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