自己紹介

2006年01月19日

現代の書道家はどうあるべきか。

kakku
 
   遅くなりましたが、 書と関わっている方々及び全く関心のない方々、  始めまして、葛空と申します。現在の予定ではこの後何十年もブログを書き続けてゆく所存でありますので、宜しくお願い致します。
 葛空とは私の育った葛飾区の空。幼い時から当たり前にあった、特定のイメージの無いものを名前にしようと思って自分でつけました。
 書というものの正体を、歴史を見直す事によって明らかにしていきたいと思っています。その中で、気をつけなくてはいけないと思っているのは、若い頃にすり込まれた、これはいい物だ、という物に対して再確認を怠らない事だと思っています。当たり前だと思っていた事への他人からの批判を恐れないで、門を閉ざさないようにしていこうと思っています。
 皆さんは、書に対してどんな印象をお持ちでしょうか。やはり自分の手で綺麗に書けたら、という感じでしょうか。或いは、手書きの書を見ていると癒されるという感じでしょうか。又、芸術的な書は読みにくくていやだ、という感じでしょうか。
 書や絵画などの美術品は、有名な物しか観に行かないという日本人の今の風潮の中で、大きな会などによる書道・美術展は、それぞれの会に所属している人が自分の会の展覧会を観に行くだけで、他の会は観ない、そんな風になっていると思います。狭い世界の中で、先生の作風及びその会の作風に終始しているように思います。他流の物もよく観て、厳しく自分の物を批判するべきではないでしょうか。そして、他の会の人に批評してもらうことだと思いますが、遠慮してしまって、言ってくれないのでしょうか。それでうまく収まっているのなら、会が存在している価値はないと思いますが、いかがでしょうか。会が存続している価値は、作品の向上の為なのではないのでしょうか。日本人が今大切にしている有名な作品はそう教えてはいないでしょうか。作品を殺してしまうシステムが今後も長く続くのならば、いずれ日本人の中では有名な作品も金銭的価値しかなくなってゆくでしょう。 

2006年01月08日

書家葛空の紹介とライター紹介。

by Jingoro


葛空(かっくう)を紹介します。


 1958年生まれ。東京都。日本書道専門学校卒。独立書人団創立者、手島右卿(てしま・ゆうけい)に教えを受け強い感銘を受ける。書の特徴は確かな存在感。


ライターJingoro (ジンゴロー)自己紹介
 葛空専属ライター。葛空が撮影した書道作品のデジタル処理も担当。書に対する姿勢に共感する。
 書道はあくまで鑑賞者。小さい頃からヘタな字で劣等感のカタマリ。そのせいか文字への関心は小学生時代から失うことはない。両親から「頭がいい人は字が下手だ」と慰められたのが運のつき。いまや筆をもつと体が萎縮するほど重傷のトラウマ持ち。それでも高校時代は書道部に所属して仮名で紙を汚していた。書くより鑑賞する方を好む。
なお、このブログはJingoroの署名がないものは、全て葛空自身で記述しています。


ぼく(Jingoro)が書家・葛空とブログを立ち上げた理由
 葛空は、生徒に段級の検定を受けさせない。「短期間であなたも師範」等の宣伝文句の正反対。ほんとうにうまくなってもらいたいから、の一念で教室を25年続けている。

 葛空は、権威を徹底的に消し去り、ただ修練に打ち込んできた。
 もう、機が熟したと納得。広く公開しよう、となった。


葛空の言葉をおぎなうという作業
 葛空は言葉足らず。全ては書の作品が語る、と考えている。

 ぼくの考えは少し違い、それは書道が一般教養としてあった時代のことで、いまは書道の楽しみ方を伝えることから始める必要がある、と思う。 「楽しみ方」「味わい方」から伝えなければ、書道をはじめようとする人の目標が定まらない。

 どうしたら楽しめるようになるのか。

 書道家とは一線をひいて、外側から分かり易い言葉で伝えられないか。これがぼくの野望である。

注)葛空の意向で一部内容を削除いたしました。
  2005.01.18

by Jingoro



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